見どころ写真と歴史      
        
山代温泉近辺
               
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   ヤタガラス?









 殿様が入った山代温泉
 
 山代温泉は歴史が古く、1300年前、僧行基が湯の中で羽の傷を癒しているカラスを見つけたことによって、温泉が発見された伝えられています。
 カラスといっても「ヤタガラス」で、神武天皇の道案内をしたといわれる霊鳥です。
 あの豊臣秀吉も山代の湯に入ったであろうと言われています。
 山代の湯屋番であった堀口宗也(ほりぐちそうや)の家(現在の山下屋)には、加賀藩三代藩主前田利常(としつね)とその息子で大聖寺初代藩主前田利治(としはる)専用の湯壷がありました。


 山代温泉とその周辺
 山背郷から山代庄へ
 

 山代温泉の辺りは、古くは山背郷(やましろのごう)とよばれていました。
 奈良の正倉院に残っている天平12年(740)の租税台帳には、越前国江沼郡山背郷に住んでいた「江沼臣族(おおみのやから)」の家族構成がのせられており、それには身体の特徴まで記されていることは有名です。14世紀には、山代庄とよばれています。

 山代温泉そのものは、古代からあったにちがいありませんが、近世の記録では、天保4年(1647)今枝直恒が江戸で病気にかかったので、一族の直治が江戸に行くため当時山代温泉に入浴したことを記していまし、さらにさかのぼって考えると、しっ曇学の大家明覚が「しっ雲要訣」などの著書をこの地で著わしているのは、応徳のころ(11世紀末)すでに、山代温泉が京都の貴族に知られており、明覚もこの温泉に身を休めつつ筆をとったと考えられます。